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痛みや苦痛のない歯科治療のために

歯科麻酔学 川合 宏仁 教授

研究内容

当講座の主な研究内容を以下に示します。

  1. より安全で快適な局所麻酔法の探求(顎骨薬剤濃度解析)
  2. より安全で快適な精神鎮静法の探求(デクスメデトミジン)
  3. より安全で快適な全身麻酔法の探求(日帰り全身麻酔法,障害者管理法)
  4. より安全な経鼻挿管法の検討(細菌学的検討、理工学的検討、鼻出血軽減法)
  5. 日本や世界における歯科治療上の医療事故の統計や解析
  6. 身体抑制下強制開口による生体や気道への影響

上記は、いずれも、痛みや苦痛のない安全で快適な治療を提供するための研究内容です。 以前は、「1.より安全で快適な局所麻酔法の探求」についての研究を紹介しましたので、今回は、「2.より安全で快適な精神鎮静法の探求」についての研究を紹介したいと思います。

 

皆さんは、「精神鎮静法」という言葉を聞いたことがありますか?
「精神鎮静法」は、「亜酸化窒素(笑気)吸入鎮静法」と「静脈内鎮静法」の二つに大きく分かれます。静脈内鎮静法は、一般歯科医院ではあまり用いられておらず、主にインプラント手術などで全身管理法の手段として用いられることが多いようです。特徴としては、点滴を確保して静脈内にお薬を入れて管理する方法であるため、効果が確実です。最近ですと、歯科・口腔外科領域では、「ミダゾラム」、「プロポフォール」、「デクスメデトミジン」が静脈内鎮静法に用いられておりますが、この中の「デクスメデトミジン」は、もともと医科領域のICU(集中治療室)における人工呼吸管理患者のための鎮静薬として発売されたものでした。当科では、このお薬を、歯科・口腔外科領域に応用するために呼吸・循環に与える影響から研究を開始しました。

 

最初にわれわれが取りかかったのは、「デクスメデトミジン」がヒトの呼吸に与える影響を検討することでした。その研究結果は図1の二つのグラフに示す通りなのですが、1分間にヒトが息をする量(分時換気量)において、お薬を入れる前と入れた後の比較では、あまり変わらないという結果1)でした。また、吐く息の中の二酸化炭素を調べた結果でも、二酸化炭素が蓄積しないことが分かりました。つまり、通常の臨床で用いられている投与量では、呼吸抑制が少なく、高炭酸ガス血症を起こさず、安全に用いられるということが分かりました。


図1 分時換気量と呼気中二酸化炭素の経時的変化
 

静脈内鎮静法では、もう一つ、患者さんの歯科・口腔外科的な処置に対するストレスを取り除くために、手術中の健忘効果を得る必要があります。しかしながら、症例を重ねるごとに、「デクスメデトミジン」だけの静脈内鎮静法は術中の健忘効果が弱いことから、他の薬剤と併用すると良いことが分かってまいりました。

 

そこで、当院で行われているインプラント手術を受ける患者さんを対象に、上記の二つの方法を施行し、手術中の処置に対する健忘効果を調査しました。この研究の目的は、抗不安薬の「ミダゾラム」や鎮痛薬である「ブトルファノール」を少量ずつ併用する条件を同じにして、「デクスメデトミジン」と「プロポフォール」の健忘効果に及ぼす影響の違いを明らかにすることでした。その結果2)が、図2に示す通りでした。



 

図2 インプラント手術中の各時点における健忘効果)
 

そうすると、方法1と方法2の間に統計的な有意差が認められないことから、「デクスメデトミジン」は「プロポフォール」と同様な健忘効果が得られることが示されました。

 

次に、静脈内鎮静法では、‘回復が遅い’すなわち、歯科治療や手術が終了し、回復が遅れてしまうと、入院の可能性が高くなり、通常の歯科医院で静脈内鎮静法を施行することは難しくなります。つまり、歯科・口腔外科領域で用いられる静脈内鎮静法には、手術終了後の‘早期の回復’が求められることになります。そこでわれわれは、静脈内鎮静法に用いられる薬剤を少量ずつ投与することにより、それぞれの薬剤の長所を生かしながら回復過程の短縮に努めました。方法1と方法2に示すように、「ミダゾラム」や「ブトルファノール」を少量ずつ併用し、従来から用いられていた方法2の「プロポフォール」と比較して、「デクスメデトミジン」を用いた方法1がどのように回復過程に影響を及ぼすかを検討しました。具体的には、回復過程を「見当識」と「平衡感覚」の二つの機能から評価しました。「見当識」ではTrieger Dot Test(図3)で外れた点の割合を算出し、「平衡感覚」では閉眼単脚直立試験(図4)ができたかどうかをそれぞれ行いました。


図3 Trigger Dot Test
(20秒間で点をなぞって頂き、はずれた点の割合を算出した)

図4 閉眼単脚直立試験とは
(閉眼したままで15秒間直立した状態を続けること)
 

その研究結果2)を図5と図6に示します。


図5 Trieger Dot Testエラー率の経時的変化

図6 閉眼単脚直立試験の経時的変化
 

Trieger Dot Testエラー率の経時的変化の結果より、方法1と方法2は術前と同じような見当識を持つのは両方法とも2時間後からで、両方法間に有意差は認められませんでした。また、閉眼単脚直立試験の結果においても、両方法間に有意差はなく、どちらも手術終了から3時間後には帰宅できる状態まで回復していることが示されました。したがって、従来から用いられている「プロポフォール」の効果と「デクスメデトミジン」の効果において差異が無いことが示されました。現在では「デクスメデトミジン」は、医科と歯科領域において、局所麻酔下手術に対する静脈内鎮静法に用いられる薬剤として保険上認められております(インプラント手術に対する静脈内鎮静法では保険請求は認められていない)。


今後の研究予定

今後は、新しい薬剤が発売される場合には、その薬剤の特徴を十分に生かした静脈内鎮静法ができるように工夫を重ね、このような研究を続けていきたいと考えております。さらに、より安全で快適な静脈内鎮静法の研究を続け、患者さんに感謝されるような安全で快適な歯科・口腔外科領域の治療に貢献したいと考えております。

文献

1)Kawaai H, Sato J, Watanabe M, Kan K, Ganzberg S and Yamazaki S: A comparison of intravenous sedation with two doses of Dexmedetomidine: 0.2 μg/kg/hr versus 0.4 μg/kg/hr. Anesthesia Progress 57(3):96-103 2013.
2)Kawaai H, Tomita S, Nakaike Y, Ganzberg S and Yamazaki S: Intravenous sedation for implant surgery: Midazolam butorphanol and dexmedetomidine versus midazolam butorphanol and propofol. J Oral Implantol 40(1):94-102 2014.


講座紹介

口腔機能分子生物学講座 口腔生理学 


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