歯学部
がん細胞は、好気的条件下でもATP産生の最終産物として乳酸に代謝される解糖系に依存している。そのため、がん組織の細胞外pHは酸性に傾いていることが多い。このような特徴は、ワールブルグ効果(好気的解糖)として広く認識されている。私たちは、ワールブルグ効果によって作られる酸性の細胞外微小環境が細胞に与える影響に着目しています。酸性細胞外微小環境は、様々な因子:例えば、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP9、MMP13)、N-カドヘリン、ビメンチンなどの発現を通じて、がん細胞の浸潤・転移を促進することを見出しています。こちらもご覧ください。
Cancer cells depend on the glycolytic system metabolizing to lactate as the final product for ATP production even under aerobic conditions. Therefore, the extracellular pH of cancer tissue is often acidic. These characteristics are widely recognized as the Warburg effect (aerobic glycolysis). We are focusing the effects of the acidic extracellular microenvironment created by the Warburg effect on cells. We have found that the acidic extracellular microenvironment promotes cancer cell invasion and metastasis through the expression of various factors: e.g., matrix metalloproteinases (MMP9 and MMP13), N-cadherin, vimentin, etc.
高被引用数論文上位5編 (The top 5 highly cited papers) (24 June 2025)
職歴(Employment): ORCID ID, Researchmap ![]() 業績(References)・被引用件数 (Number of citations): PubMed, ResearchGate, Google Scholar Profile H-index ランク(H-index ranking): Scientific Index 2025 助成金(Grants): ![]() |
雑誌編集活動(Editorial board activities): Cancer Cell International (Editor-in-Chief)* Mediators of Inflammation (Academic Editor) Oncology Letters (Editorial Board) Cell Biology International (Advisory Panel) *Springer Nature Editorial Leadership Awards 2022 (23 August 2022) |
---|
業績(References): 2010-Present
(1) Peer-reviewed/invited papers
(2) Books in Japanese
(3) Books in English
|
|
---|
【特許】
発明の名称 | 頚部癌抑制剤および医薬組成物 | 骨形成促進剤及び骨形成促進装置 |
発明者 | 畑隆一郎,加藤靖正,小澤重幸,久保田英朗 | 加藤靖正,前田豊信,鈴木厚子,藤山敬至,塩沢亜弥 |
出願日 | 2005年9月20日 | 2015年10月28日 |
出願番号 | 特願2005-271397 | 特願2015-212328 |
登録日 | 2011年8月19日 | 2019年11月15日 |
特許番号 | 4805641 | 6614916 |
癌に対する治療は、外科的切除や放射線照射による根治的治療法の他、新しい抗癌剤の開発などにより、局所における癌のコントロールは良好になってきていますが、残念ながら遠隔に転移した癌に対しては効果的な治療法は確立されていません。このようなことから癌細胞の転移の阻止は、癌の治療において最重要課題といえます。
では、癌細胞の転移とはどのようにして成立するのでしょうか。
癌細胞の転移といっても複雑な過程を経て成立します。すなわち、原発巣での癌細胞の増殖、血管への侵入、遠隔部位への移動、標的臓器内での着床、脈管系からの脱出、転移巣の形成です(図1)。リンパ節転移も基本的には同様に考えられています。
ここで、血管の構造(図1)について簡単に説明しますと、血流に接しているのは血管内皮細胞ですが、血管内皮細胞はIV型コラーゲンを主成分として形成されている基底膜と呼ばれる構造の上に整然と並んでいます。コラーゲンには複数のタイプがあり生体のどこにでもあるコラーゲンはⅠ型ですが、これは基底膜には存在していません。Ⅰ型に代わって、基底膜を構成しているコラーゲンはⅣ型であり脈管のバリヤーとしても機能しています。従って、脈管系の出入りの際には必ず通過することになる基底膜の破壊と通過の過程は、癌細胞の転移の律速段階と考えられています。コラーゲンの種類により効率よく分解できる酵素が異なるため、Ⅳ型コラーゲンを特異的に分解できる酵素の分泌・活性化が癌細胞の転移能を規定する重要な能力といえます。この概念は、1980年、L. A. Liottaらによって証明されました。すなわち、実験動物に培養癌細胞を移植したときに転移性が高いあるいは低いことが示された癌細胞をⅣ型コラーゲン上で培養すると、転移性の高い細胞ほどⅣ型コラーゲンが融解するという実験です。
私たちは、このとき用いられた癌細胞を入手し、先の実験でⅣ型コラーゲンの分解を担った酵素の分子種がmatrix metalloproteinase-9 (MMP-9)であったことを同定するとともに、細胞外pHの低下によりMMP-9合成が誘導されるという新たな機構を発見しました(図2,文献1,2)。
一般に、細胞はホルモンや増殖因子などによって刺激を受けると種々のタンパク質の合成が上昇しますが、細胞外のpHの低下による刺激によってタンパク質の合成が制御される機構については、ほとんど分かっていませんでした。そこで、私たちはその機構について詳細に検討してみると、細胞膜を構成しているリン脂質の代謝酵素であるホスホリパーゼDの活性化が重要であることを見出しました。その刺激は、ERKやp38 MAPKのようなキナーゼ(リン酸化酵素)を活性化し、さらにNFκBという転写因子の活性化を通じてMMP-9のタンパク質合成を促進していることを突き止めました。さらに、ホスホリパーゼDの活性化には、細胞外からのカルシウムの流入が必須なこと、また、別のリン脂質の代謝酵素である酸性スフィンゴミエリナーゼの活性化などが関与していることも見出しました(図3, 文献3,4)。
最近、細胞外pHに対する感受性を上昇する因子を見出し、遺伝子改変技術をもちいて癌細胞自身の酸性pHに対する感受性を上昇させることで、転移能が亢進することを、マウスを用いた研究で明らかとなりました。
私たちの体の中のpHは、およそ7.4付近に厳密に制御されていますので、癌細胞が酸性pHにさらされることがありえるのだろうかという疑問をお持ちの方も多いと思います。胃液のpHが低いことはよく知られていますが、これ以外にも、実は局所におけるpHの低下はあちこちで見られます。骨粗鬆症などでは破骨細胞によって骨が溶解するのですが、このときの骨の溶解は破骨細胞が分泌する酸によって行われています。また、細菌感染のときに見られる炎症部位や皮膚表面も酸性pHを示しており、細菌感染に対する防御機構の一つとして働いています。癌細胞では、糖代謝によって産生される乳酸によって癌組織内のpHが低下するだけでなく、グルコース代謝の過程(ペントースリン酸経路)で二酸化炭素の分泌が亢進し、これによりpHが低下することもあります(図3)。
乳酸は、運動をたくさん行ったときの疲労物質として知られていますが、乳酸のもとはグルコースなのです。癌細胞が血管から遠ざかると血管からの酸素が届かなくなり低酸素状態になります。癌細胞は増殖力が旺盛であるため、すぐに既存の血管から遠ざかってしまいますが、癌細胞は酸素が十分に供給されていてもエネルギー産生に酸素を必要としてない経路、つまり嫌気的解糖系によりエネルギーを得ていますので、癌細胞のエネルギー産生に関しては、周囲の環境の影響を受けにくくなっています。むしろ低酸素に反応して、嫌気的解糖系を構成している代謝酵素の合成量が上昇することにより効率よく代謝を行える仕組みを持っているのです。乳酸は、嫌気的解糖系による代謝産物であり、癌細胞では恒常的に酸を分泌しているので、組織のpHが低下するという仕組みです。
実は、癌組織の細胞外pHが低下することは古くから知られていたのですが、局所の酸性pHによる影響で癌細胞自身の悪性形質が維持されているという機構については、これまであまり重要視されず、不明な点が多く残されています。局所での酸性pH刺激による癌細胞の悪性形質の発現機構を明らかにすることは、その経路を遮断する手段により遠隔転移などの癌細胞の悪性形質を抑制する新しい治療法の開発につながるため、重要な研究といえます。
ポリアクリルアミドゲルとよばれる網目の中を通電すると、タンパク質は+極に向かって移動します。この時、分子の大きいものは、網目に引っかかるため移動が遅く、分子の小さいものは容易に移動するため、いろいろな分子のものが混在した中から分子の大きさに応じて分離する方法が、ポリアクリルアミドゲル電気泳動と呼ばれる分析法です。これを応用した実験方法にザイモグラフィー法があります。図2はその実験結果を示しています。ゲル全体にゼラチンを混ぜたポリアクリルアミドゲルを用いてタンパク質を分子の大きさに応じて分離した後、37度で1晩反応させ、タンパク質を染色する試薬(クマシーブリリアントブルーR250)で染色すると、ゲル全体にあるゼラチンは青く染色されますが、ゼラチンを分解する酵素があるところは、色が染まらず白く透き通ったバンドとして検出される方法です(図のオリジナルは青白ですが、白黒写真に変換してあるので青い部分は黒くなっています)。