研究紹介
2025.07.17
歯学部 歯科保存学講座
教授 山田嘉重
[研究の背景と目的]
外傷により歯を破折した患者でも痛みや審美的な問題などに対して緊急性を感じない場合、すぐに歯科受診に来られないことは少なくありません。実際に歯の外傷を負った患者の半数が受傷後1ヶ月以上経ってから治療を受けたという報告や受傷後3日間の間に歯科医院を受診した患者は22.8%しかいなかったとの報告もあります。破折部位の修復処置が良好な予後を長期的に継続するためには歯と修復物の強固な接着が必要となります。一般的に診査時に破折部位問題となる汚れやう蝕(むし歯)がなければ、破折部位に対して清掃のみ行い、最終的な修復処置が行われことがほとんどです。しかし歯の破折から歯科受診まで長期間破折部位が唾液や食物残渣に暴露された状況では、ブラシによる歯面清掃だけの処理で適切であるかは疑問です。本研究では、①最終修復処置前の処理の違いが歯と修復物間の接着に影響を与えるのか、②破折部位の修復材料として臨床上数多く使用されているコンポジットレジンにおいて、コンポジットレジン充填前の処理の違いが接着に影響するかについて評価することを目的としました。
[主な成果と意義]
60本のヒト抜去歯に対して人工的に歯冠破折を再現し、破折部位に人工プラークを塗布しました。その後、人工唾液中に浸漬し、37℃の環境下で1週間静置しました。1週間経過後、試料の半数を(Ⅰ)研磨ペーストと回転ブラシによる清掃、残りの試料は(Ⅱ)切削器具(低速ラウンドバー)を用いて一層表面を切削しました。コンポジットレジン修復に対する接着しステムとして、1液性、2液性のセルフエッチングシステムおよびトータルエッチンシステムを選択しました。本研究では破折歯に対するそれぞれの接着システムの接着効果の差についても比較検討しました。修復処置終了後、5℃と55℃の温度変化の繰り返しを1万回行い、この影響で歯とコンポジットレジン間の接着部位に亀裂などの問題点が生じたかについて実体顕微鏡および走査型電子顕微鏡を用いて観察しました。その結果、回転ブラシによる清掃だけでは43%の亀裂が観察されました。一方歯面を切削した場合でその割合は23%でした。また各接着システムの違いでは、トータルエッチングシステムでは亀裂の割合が高い傾向を示しました。以上の結果より、外傷受傷で来院した患者に対する修復処置では、外傷受傷後から数日経過して来院した場合、例え外見上は明らかな汚れが観察されなかったとしても修復処置前歯面に対して一層の歯質を削除することが推奨されます。また、その際使用する接着システムおいては、1液性または2液性のセルフエッチングシステムの使用が臨床上推奨されます。
[今後の展開や展望]
今回の評価は、1週間という設定でした。今後は、より長期間の放置が修復物の接着性にどのような影響を与えるかについても詳細に検討し、外傷による破折した歯の修復法についてより明確にしていく必要があります。
[参考論文]
研究の内容は、次の論文に掲載されています。
Evaluation of pre-treatment with low speed round bur for fractured teeth surfaces that are left untreated after traumatic injuries.
Interventions in Pediatric Dentistry 8:689-695 2023年 doi;10.32474/IPDOAJ.2023.08.000292 2023年