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研究紹介

高活性ニトロキシルラジカル類とチオール化合物との電気化学反応

2025.07.10

薬学部 生命物理化学
教授 柏木良友

[研究の背景と目的]
日常的な健康チェックや環境分析に用いられる「電気化学センサー」は、簡単な装置で素早く成分を測定できる便利な技術です。従来は、機能性タンパク質を使った酵素センサーが主流でしだが、酵素は長期の安定性や品質のばらつきに問題があるため、酵素を使わない「非酵素型センサー」の開発が進められています。
その中でも注目されてきたのが、「ニトロキシルラジカル」と呼ばれる有機触媒分子です。これまでニトロキシルラジカルは、アルコールやアミンの酸化(分解)の触媒として使われていますが、電圧をかけることで酸化(分解)の反応が進行し、このとき発生する電流を計測することで対象物の量を測ることができます。
今回の研究では、これまでほとんど例のなかった「チオール(-SH基)」という成分に対する電気化学センサーへの応用に挑戦しました。チオールは、グルタチオンなど生体内の重要な物質に多く含まれており、このチオール類を測定できれば医療や薬学の分野に大きく貢献することが期待されます。


[主な成果と意義]
今回の研究で得られた最大の成果は、これまで主にアルコールの酸化に使われてきたニトロキシルラジカルを、まったく別の種類の物質であるチオールにも応用できることを示した点です。チオールとは、例えばグルタチオンや医薬品成分(カプトプリルなど)に含まれる-SH基を持つ化合物で、生体内では抗酸化や解毒といった重要な働きをしています。


図 グルタチオンや―SH基を持つ医薬品の化学構造

今回の研究では、化学構造の異なる4種類のニトロキシルラジカル(TEMPO、ABNO、AZADO、NNO)を使って、それぞれがどのようにチオールと反応するかを調査しました。NNOは、高活性型ラジカルでアルコールの酸化では最も優れた性能を持っていることが知られています。しかし、チオールとの反応では逆にその活性の高さが裏目に出てしまい、反応後すぐに失活してしまうことが明らかとなりました。


図 各種ニトロキシルラジカルの化学構造

一方、TEMPOという比較的安定なニトロキシルラジカルは、反応速度はやや遅いものの、広い濃度範囲に対応しやすく、かつアミノ基(-NH2基)などの妨害成分の影響を受けにくいという利点が確認されました。これは特にグルタチオンのようにアミノ酸構造を含む分子を対象とした分析において、大きな強みとなります。すなわち、どのニトロキシルラジカルを使うかによって、用途に応じた「測定の最適化」が可能になるという、新しい視点を示唆したものです。
さらに、本研究では電気化学測定という比較的簡便な手法を使って、試料を前処理することなくリアルタイムで検出ができる点も大きなメリットです。従来の分析法に比べて装置がシンプルでコストも安価なため、今後は臨床検査や医薬品、食品の品質管理など、さまざまな現場での実用化が期待されます。

[今後の展開や展望]
今回の研究では、ニトロキシルラジカルがチオール検出にも有効であることが明らかとなり、非酵素型センサーの応用範囲が大きく広がることが示唆されました。特に、TEMPOは医薬品に含まれるチオール基の検出にも応用可能で、実用化が視野に入ってきました。今後は、より複雑な生体試料中での応用や、他のニトロキシルラジカル構造の開発、さらにはポータブルな測定デバイスとの統合も視野に入れた研究が進められることが期待されます。化学の知見を基盤に、より簡便で高感度なバイオセンシング技術の実現に向けた第一歩として、本研究は大きな意味を持っています。

[参考論文]  
研究の内容は、次の論文に掲載されています。
Electrochemical Reactions of Highly Active Nitroxyl Radicals with Thiol Compounds, Anal. Sci., 39, 369-374, 2023.   doi: 10.1007/s44211-00246-9. 2023年



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