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多核がん細胞形成への嗅覚経路の関与を探る ~がん再発のリスクに挑む~

2025.07.09

歯学部生体構造学講座
准教授 荒木啓吾

[研究の背景と目的]
日本人の死因第1位である「がん」は生涯でおよそ2人に1人が発症するとされ、もはや特別な病気ではなくなりました。医療の進歩によりがんの早期発見や治療は着実に進展していますが、それでもなお多くの患者さんが直面する深刻な課題が「再発」です。たとえ手術や抗がん剤、放射線治療によってがんの大部分を取り除いたとしても、わずかに生き残ったがん細胞が数カ月から数年後に再び活動を始め、再発へとつながるケースは今なお後を絶ちません。
このようながんの再発を根本的に防ぐことを目指し、私たちは「再発の種」となりうるがん細胞の研究に取り組んでいます。特に注目しているのが「多核がん細胞」と呼ばれる異常な細胞です。通常の細胞には1つの核(遺伝情報を保持する構造)が存在しますが、がん細胞同士が融合することで1つの細胞内に複数の核を持つ「多核細胞」が形成されます。一見すると異常で死にかけているようにも見える多核細胞ですが、実際には非常に高い生存能力を備え、しばしば抗がん剤治療を乗り越えて生き残ることが知られています。そして、がんが縮小して患者さんが安心した頃に再び細胞分裂を始め、新たながんを形成する引き金となる可能性があるのです。

[主な成果と意義]  
私たちの研究では、こうした多核がん細胞の形成に思いがけない分子が関わっていることを突き止めました。それは本来、鼻の中で匂いを感知する役割を持つ「嗅覚受容体」と呼ばれる分子です。近年の研究により、嗅覚受容体は鼻以外の器官でもさまざまな機能を果たしていることが明らかになってきています。私たちは、この受容体の一種が子宮頸がん細胞において異常な働きをしていることを見いだしました。特に、匂いとは無関係な“非典型的な嗅覚経路”が活性化されると、子宮頸がん細胞同士が融合し、多核がん細胞が形成されることが分かったのです。
このようにして生まれた多核がん細胞は抗がん剤にも高い耐性を示すことがあり、既存の治療法だけでは完全に排除するのが難しいという課題があります。つまり、治療をすり抜けたこれらの細胞が、がんの再発を引き起こすリスクを内包しているということです。                

[今後の展開や展望]  
そこで私たちは多核がん細胞を“選択的に死滅させる”ことを目指した新しい治療法の開発に取り組んでいます。たとえば、嗅覚受容体や細胞融合に関わる分子シグナルを制御する方法や、多核細胞を特異的に狙う新たな薬剤の探索など、複数のアプローチから解決策を探っています。
がん医療の未来においては「がんを治す」ことに加えて、「がんを再び起こさせない」ことがますます重要になります。私たちの研究は“がんの再発を未然に防ぐ”という視点から、患者さんの長期的な健康と安心を支える治療戦略の確立を目指すものです。                                                 

[参考論文]  
研究の内容は、次の論文に掲載されています。
Non-canonical olfactory pathway activation induces cell fusion of cervical cancer cells. Neoplasia doi: 10.1016/j.neo.2024.101044 2024年



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