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中枢神経系における
神経幹細胞の分子細胞生物学的研究

薬学部 分子細胞生物学分野
小谷 政晴 教授

研究内容

現在、研究室では以下の示した2つの研究課題を主に行っています。

1)神経幹細胞の免疫学的ならびに分子生物学的同定に関する研究

2)神経細胞分化に関わる機能的分子の網羅的解析

今回は、1)の課題について紹介いたします。


はじめに

人間の脳は、約1000億個の神経細胞とその約10倍の数のグリア細胞(支持細胞)から成っています。これまで、脳内において神経細胞は増えることは無く、加齢とともに日々減少していると考えられていました。しかし、20世紀の終わりに、大人の人間の脳や他の成体哺乳動物の脳においても、神経細胞やグリア細胞が日々生み出されていることが科学的に発見されました。神経細胞やグリア細胞を生み出す細胞を“神経幹細胞”と呼んでいます(図1)。この発見は、一世紀にも亘る脳に対する概念を大きく覆すものとなりました。現在では、「成体脳にも胎児脳と同様に神経幹細胞が存在し、生涯神経細胞やグリア細胞の新生がおこなわれている。」と結論されています。図2には、マウスの胎児期と成体のそれぞれの脳における神経幹細胞の生息領域を模式的に示してあります。


図1.神経幹細胞と神経系細胞分化

神経幹細胞は自己増殖の能力と脳を構成している神経細胞とグリア細胞(アストロサイトとオリゴデンドロサイト)を生み出す能力(多分化能)を持っています。各細胞に発現している分子を示してあります。神経幹細胞に特異的な分子は、未だ見出されていません。細胞の下の英字は、その細胞に発現が確認されている分子名です。


図2.胎児期と成体期の脳における神経幹細胞の生息領域の模式図

神経幹細胞の発見は、神経細胞分化や神経回路形成などに関する基礎的研究の発展に大きく寄与しているだけでなく、脳の難治疾患に対する新たな治療法の可能性を示すものとなりました。それは、神経幹細胞を用いた再生治療による難治脳疾患の根本治療法の可能性です。神経幹細胞を治療に用いる場合には、その安全性のために神経幹細胞の品質管理が必須条件となります。そのためには、神経幹細胞を100%単離(完全純化)しなければなりません。しかし、今日まで神経幹細胞の完全純化には成功していません。研究室では、神経幹細胞の完全純化が可能な免疫学的ならびに分子生物学的手法の確立を目指しています。そのために最も重要なことは、神経幹細胞の膜表面に特異的に発現する分子(抗原)を認識する単クローン抗体を得ることです。この作製に成功したという報告は、未だにありません。


神経幹細胞の免疫学的同定のための実験仮説

神経幹細胞の完全純化の方法として、神経幹細胞に特異的に発現する膜表面抗原を特異的に認識する抗体(単クローン抗体)を作製し、その抗体を用いて神経幹細胞を免疫学的手法により完全純化することを考えています。そして、その完全純化が正しいことを分子生物学的手法により明確にしていきたいと思っています。上記したように、神経幹細胞を特異的に認識する抗体は未だ得られていません。その結果、成体期の脳には神経幹細胞は生息するが、その細胞学的実体は不明のままです。胎児期の脳の神経幹細胞の細胞学的実体が神経上皮細胞であることは、発生学的研究成果から異論のないところとなっています。そこで、研究室では、「胎生期の脳の神経幹細胞である神経上皮細胞に特異的に発現している分子は、成体期の脳の神経幹細胞にもまた特異的に発現している。」という仮説の下に、胎生期の脳の神経上皮細胞に特異的に発現している細胞膜表面抗原を認識する単クローン抗体の作製を数年間試み続けています。仮説が正しければ、この目的とする抗体(胎生期の脳に存在している神経幹細胞を特異的に認識する)は、成体期の脳に存在する神経幹細胞をも特異的に認識することが予想されます。


研究の流れ

研究課題を達成するために、図3に示したような流れで実験を行っています。

  • ①神経上皮細胞(胎生期脳の神経幹細胞である)に特異的に発現する細胞膜表面抗原を特異的に認識する単クローン抗体の作製。
  • ②胎児脳、成体脳、神経幹細胞を含む未分化神経系細胞集団(これを“Neurosphere細胞”と呼びます)における単クローン抗体の染色性の解析。
  • ③遺伝子工学的手法により蛍光標識された神経幹細胞を含む未分化神経系細胞を作製し、この細胞を用いて単クローン抗体の認識する細胞が神経幹細胞であることを立証。
  • ④単クローン抗体を用いた神経幹細胞の単離と神経幹細胞であることの再確認。
  • ⑤単クローン抗体が認識する抗原の遺伝子の解明。

従って、①の抗体作製が非常に重要ということになります。こうした一連の研究から、神経幹細胞の単離を立証することになります。


これまでの成果

マウス胎児13.5日の終脳領域組織をラットに免疫して作製した数百の抗体の中から、胎児期の脳で神経上皮細胞が存在する領域だけを特異的に認識する単クローン抗体を得ることに成しました(現在は未発表ですが、来年度に発表の予定です)。この抗体の染色性と認識抗原に関する解析は、既に終了しつつあります(図3を参照)。


図3.研究課題を達成するための実験の流れの模式図

現在、①は終了し、②もほぼ解析が終了しています。③については、GFP遺伝子をneurosphere細胞に導入することに成功し(導入効率は2%から5%でした)、生理的な培養条件でGFP-Neurosphere細胞をクローン化しているところです。④は、フローサイトメーターを用いた基礎データーを得た段階です。⑤は、神経上皮細胞の細胞膜表面分子(抗原)であることを確認しています。その分子量も明らかにしました。今後は、③で作製した細胞を用いて、単クローン抗体の認識細胞を培養レベルで明確にしていくこと。④の実験と⑤の実験(遺伝子の単離)に進んでいく予定にしています。


今後の展開

作製に成功した単クローン抗体の認識する細胞が神経幹細胞であることを支持する更なるデーターを得るために、現在、蛍光(GFP)標識したNeurosphere細胞(神経幹細胞を含む自己増殖性の未分化神経系細胞の細胞集団)の樹立を遺伝子工学的手法で行っています。この細胞を仮に、GFP-Neurosphere細胞とします。GFP-Neurosphere細胞を作製した単クローン抗体が認識すること(自己増殖能)、さらにその細胞は神経系細胞へと分化すること(多分化能)、を立証していきたいと考えています。このことによって、得られた単クローン抗体が神経幹細胞を認識する抗体であることが証明されます。その結果、この抗体が認識する分子は細胞膜表面抗原であるので、この抗体を用いて生理的条件下で無菌的に神経幹細胞を単離することが可能となります。さらに、この抗体を用いて成体期の脳の神経幹細胞の細胞学的実体を明らかにしていきたいと思っています。


神経幹細胞の細胞学的実体を明らかにし、さらに生理的条件下による神経幹細胞の完全純化の方法的確立は、それを使用する際の安全の確保と品質の保証につながり、神経幹細胞を用いた再生医療の確立のために極めて重要となります。上記したように、現在得られている単クローン抗体が神経幹細胞を特異的に認識しており、その完全純化に有用な免疫学的プローブであることを立証するために、日々努力を重ねて行きたいと思っています。

教員紹介
小谷 政晴 教授