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ポリオと多剤耐性菌の制圧を目指して

薬学部 微生物学分野 堀江 均 教授

研究テーマ

私たちの主な研究テーマのうち次の二つについて紹介します。

  1. ポリオワクチンウイルスのゲノム変異とその制御に関する研究
  2. 多剤耐性菌の既存抗菌薬に対する再感受性化に関する研究

1.ポリオワクチンウイルスのゲノム変異とその制御に関する研究

1) ポリオとポリオワクチンについて

ポリオ(急性灰白髄炎)は、手足の弛緩性麻痺を主徴とする疾患です。この疾患は、強毒ポリオウイルス、特に強毒野生型ウイルスの感染によって引き起こされますが、麻痺発症にまで至るのは感染者のおよそ0.1~2%程度とされています。この疾患はワクチンで予防することが可能です。ポリオのワクチンには、ウイルスをホルマリンで不活性化し、それを注射で接種する不活化ポリオワクチン(IPV)と、安全なワクチンウイルスを生きたまま経口で接種する経口生ポリオワクチン(OPV)の2種類があります。両ワクチンとも優れた効果があり、世界中で広く使用されています。ポリオ根絶に成功しているわが国では、長年に亘ってOPVが使用されてきましたが、2012年9月からはOPVに代わりIPVが使用されています。


2) ポリオワクチンウイルスのゲノム変異の解析

ポリオウイルスはRNAウイルスの一種で、ゲノム(遺伝子)変異を起こしやすいことが知られています。既に、およそ7500塩基あるゲノムRNAの全塩基配列が解明されていて、ゲノムRNA上のある特定の塩基が病原性の発現に関与していることも判っています(表1)。私たちはMAPREC(Mutant Analysis by PCR and Restriction Enzyme Cleavage)と呼ばれるゲノム解析技術(図1)を用いて、ワクチンウイルスのゲノム変異(病原性発現に関わる塩基の変異)の解析と、その変異を抑えるための研究を行ってきました。その結果、ワクチンウイルスは、増殖に必要とする細胞の種類や細胞の状態(細胞の活性)、ウイルスが細胞内で増殖する際の温度、細胞あたりに感染するウイルス量などによって、変異率(変異ウイルスの出現率、MAPREC %)が変化することを明らかにしてきました。即ち、ワクチンウイルスの病原性発現に関わる塩基の変異をできるだけ抑えるためには、これら種々の因子についてそれぞれ最適な条件が必要であることが判りました。ワクチンウイルスの変異を抑え、より安全なOPV開発に繋げることを目的としたこれらの研究も、わが国のワクチン政策がOPVからIPVへと切り替わったことを受け、一区切りがついたここまでの段階で終了しています(ウイルスもすべて規定に基づいて廃棄処分済み)。

表1 病原性発現に関与するポリオウイルスゲノム上の特定の塩基
ポリオウイルスには3種類の血清型(1型、2型、3型)が存在し、それぞれ病原性発現に関与する塩基が存在します。
図1 MAPRECの原理
ポリオウイルスゲノムRNA上で、病原性発現に関与する特定の塩基が、ワクチンウイルス型から表1のように変異を起こしたときに、ある制限酵素の認識サイトとなるように設計した[32P] 標識プライマーを用いてRT-PCRを行います。制限酵素処理後、ポリアクリルアミドゲル電気泳動により切断(cut)bandと非切断(uncut)bandを分離し、これらbandの濃度を放射線量(cpm)を指標として測定し、次式によりMAPREC %(変異率、変異ウイルスの出現率)を求めます。MAPREC % = cut band (cpm) ×100 / [cut band (cpm) + uncut band (cpm)] 即ち、cut bandが多く現れるほどウイルス集団の中に変異ウイルスが多く存在していることとなり、MAPREC %が大きくなりますが、数%程度以内であればワクチンウイルスとして許容範囲内とされています。
3) ポリオの現状について

WHO(世界保健機関)は、安価で接種も容易なOPVを開発途上国に普及させることで、世界規模のポリオ根絶計画を進めています。1988年に開始されたこの計画は、当初の予定よりも大幅に遅れが見られたものの、2014年3月には、最も難関であったインドでの根絶に成功し、流行国は中央アジア、中央・西アフリカの一部の国と地域に限定されるところまで来ました。しかし、2014年5月、パキスタンやシリアなど10か国で感染の拡大傾向が見られたことを受け、WHOは国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態を宣言し、各国にワクチン接種の徹底を呼びかけました。

ポリオ根絶に成功したわが国でも、いつ流行国から強毒野生型ウイルスが侵入するか分からないのが現状です。そのため、これからもワクチン接種を継続して行うことが重要と考えられます。

2.多剤耐性菌の既存抗菌薬に対する再感受性化に関する研究

近年、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)や多剤耐性緑膿菌(MDRP)、ニューデリー・メタロβ-ラクタマーゼ1(NDM-1 *)産生多剤耐性大腸菌など、様々な多剤耐性菌が出現し、医療の現場では大きな問題となっています。私たちはそのような多剤耐性菌に対して、化学合成した化合物や天然物由来化合物を使用し、耐性菌を感受性菌へと変化させることで、ほとんど抗菌効果を示さなかった既存の抗菌薬を、再び有効利用する研究を行っています。

* NDM-1:2007年に発見された新型の酵素で、クラスBメタロβ-ラクタマーゼの一種です。NDM-1は、セフェム系やカルバペネム系抗菌薬を含む全てのβ-ラクタム系抗菌薬を分解し無効にします。またそれだけではなく、NDM-1産生菌は、アミノグリコシド系やニューキノロン系抗菌薬などβ-ラクタム系抗菌薬だけでなく、ほとんど全ての抗菌薬に対しても耐性を獲得しています。NDM-1は、大腸菌などヒトの腸管に常在している細菌に多く見つかっていること、クラブラン酸など既存のβ-ラクタマーゼ阻害薬によって全く阻害されないことなどが大きな問題となっています。

多剤耐性菌を感受性菌へと変化させる再感受性化効果に関する研究は、これまでにMRSAに対して緑茶由来のエピガロカテキンガレートなどにその効果があることが報告されています。私たちは、MRSAに対して再感受性化効果が示された新たな天然物由来化合物1種と、NDM-1を含め種々の細菌が産生するβ-ラクタマーゼに対して酵素活性阻害効果が期待できる天然物由来化合物2種(そのうち1種についてその効果を図2に示しました)を発見しました。更に、酵素活性は阻害しないものの、β-ラクタマーゼの産生を抑える働きが期待できる化合物も1種発見しました。現在、それら化合物について、そのメカニズムや構造活性相関の解析、関連した新たな化合物の探索等を行っています。

図2 天然物由来化合物によるβ-ラクタマーゼの酵素活性阻害
黄色ブドウ球菌(A),緑膿菌(B),エンテロバクター(C),大腸菌(D)由来β-ラクタマーゼおよびNDM-1(E)の酵素活性をNitrocefin法で測定。私たちが発見した天然物由来化合物(サポニンの一種)は、どのβ-ラクタマーゼに対しても高い酵素活性阻害効果を示しました。

多剤耐性菌に対し、多大な労力と費用を費やして新規に抗菌薬を開発しても、また直ぐに耐性菌が出現してしまうのが現状です。私たちは、新規に抗菌薬を開発するのではなく、多剤耐性菌に対して全く効果を示さない既存の抗菌薬を再び有効利用できるようにすることで、多剤耐性菌問題の解決に貢献することを目指しています。

教員紹介
堀江 均 教授