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細胞や生体をストレス環境から守る分子に関する研究

薬学部 生物・衛生化学分野
上野 明道 教授

研究内容

私どもの現在の研究テーマは、以下の通りです。

  1. エゴマ成分‐ルテオリンによる細胞保護作用
  2. インスリン感受性に影響を及ぼす食品由来因子の探索
  3. マトリセルラータンパク質としてのトロンボスポンジン1の構造と機能
  4. ビタミンCと生活習慣病の予防

今回は、1,3について紹介します。


エゴマ成分‐ルテオリンによる細胞保護作用

私たちが日々口にするもの(飲食物,薬)や生活環境そのものも、100%安全なものはありません。例えば、図1に示すような酸化ストレスは、細胞膜やDNAなどにダメージを与えます。


図1. DNAの損傷と細胞外、細胞膜上、細胞質内での防御


飲食物に含まれる化学物質の例では機作は異なりますが、食塩やカフェインの半数致死量(LD50)は、それぞれ3000~3500 mg/kg,200 mg/kgで、毒になるかどうかは量しだいです。私たちは長年の経験と伝統により、体に良いもの美味しいものを選択してきました。県別生産量で福島県が第1位のエゴマに主要フラボノイドとしてアグリコンの形で含まれるルテオリン(Lut)(図2)には、以前はエストロゲン様作用、抗酸化作用が報告されていました。最近では低酸素下での抗がん作用、脂肪細胞分化抑制作用などが報告されていますが、いずれも使用濃度が高く詳細は不明です。特産品であることとLutを多く含む日常の食品の種類は極めて少ないことから、Lutの生理的濃度での作用を詳細に検討することにしました。


図2. エゴマに含まれるルテオリンの構造


材料として最近、抗がん剤や放射線に抵抗性を示す「がん幹細胞」の研究で注目されている乳がん細胞を選びました。乳がんの化学療法でもよく使用されるドキソルビシン(Dox)は、ヒト乳がん細胞MCF-7に対して他の抗がん剤とは違った挙動を示します。5-フルオロウラシル(5-FU)やシクロホスファミドで引き起こされるクロマチンの凝縮・DNA断片化のような典型的なアポトーシス像は示しません。代わりに、私たちはDoxがミトコンドリアの二極局在化を引き起こすことを見出しました。pDsRed2-Mitoというミトコンドリアに標的化し赤色サンゴの蛍光を発するタンパク質の配列を持つプラスミドをMCF-7細胞のDNAに組み込み、安定に発現する細胞を得ました。図3に示すようにミトコンドリアは通常、細胞質に均一に分布しますが、Doxを添加すると二極に分かれて凝集するようになります。そこにLutを同時添加しておくと、正常な分散型になります。このとき、Doxによる細胞増殖阻害率も減弱されます(図4)。


図3. MCF-7細胞ミトコンドリアに対するドキソルビシンの影響とルテオリンによる保護効果


17 μM DoxをMCF-7細胞に添加した際の1日目と2日目に観察されるミトコンドリアの二極局在化と10 μM Lut同時添加の場合のミトコンドリアの細胞質内分散化.1.7 μM Dox+10 μM Lutの場合には、より完全な均一分散化が認められました。1,4, control; 2,5, 17 μM Dox; 3,6, Lut (10 μM)+Dox (17 μM)


図4. ドキソルビシン(Dox)とルテオリン(Lut)併用時の細胞生存阻害率


n=4,阻害率はミトコンドリア還元能を指標としたアラマーブルーにより測定しました。


次に、細胞保護効果がエストロゲン受容体(ER)に依存するものかどうか、ER阻害剤(ICI 182,780)やERを持たないヒト乳がん細胞MDA-MB-453を用いて検討しました。ER阻害剤を添加してもLutによる細胞増殖賦活化作用が認められ、またMDA-MB-453細胞にDox+Lut投与しても細胞生存阻害率はMCF-7細胞の場合と変わらなかったことから、ERは関与していないことが判明しました。さらに抗酸化作用の寄与について調べたところ、Lut投与により活性酸素種の減少が認められました(図5)。


図5. ドキソルビシン(Dox)とルテオリン(Lut)併用時の活性酸素種の検出


MCF-7細胞に薬剤を添加後、活性酸素種検出試薬carboxy-H2DCFDAを添加して蛍光顕微鏡下で観察しました。Dox: 1.7 μM,Lut: 3 μM スケールバー: 100 μm


以上のように、Lutはヒト乳がん細胞に対してERに依存せず、一部は抗酸化活性により細胞保護作用を示すことが判明しました。現在、細胞周期に対する影響をフローサイトメーターで調べているところです。今後、Lutの抗酸化活性以外の作用について、またDoxのミトコンドリア凝集・二極化作用の機序について検討していきたいと考えています。


マトリセルラータンパク質としてのトロンボスポンジン1の構造と機能

MCF-7細胞に薬剤を添加後、活性酸素種検出試薬carboxy-H2DCFDAを添加して蛍光顕微鏡下で観察しました。Dox: 1.7 μM,Lut: 3 μM スケールバー: 100 μm


偶々、ウシトロンボスポンジン1(TSP1)のcDNAをクローニングし、国立遺伝学研究所のデータバンクに登録したことから、TSP1分子の構造と機能の解析を進めることになりました。 フィブロネクチンやラミニンなどの細胞外マトリックス(ECM)タンパク質の主要な機能は構造維持であり、その遺伝子をノックアウトすると致死となります。これら以外に、マトリセルラータンパク質と呼ばれ、細胞‐マトリックス相互作用のアダプターあるいはメディエーターとして機能する別のクラスのECM分子が存在します(図6)。


図6. 相互依存関係にある細胞周囲環境
マトリセルラータンパク質は他の主要なカテゴリー分子間の機能的な橋渡しをします。


マトリセルラータンパク質には、オステオネクチン(SPARC/ON)、TSP1、テネイシン-C(TN-C)、オステオポンチン(OPN)、トロンボスポンジン2(TSP2)、テネイシン-X(TN-X)、シンデカン1~4などがあります。それぞれの遺伝子をノックアウトしても、表面上は異常が認められず、生殖能力を維持しています。これは部分的には代償性の応答や関連分子の重複機能によります。マトリセルラータンパク質は、モジュール式の構造を持つことにより多機能性を発揮し、環境条件の影響を受けながら細胞表面レセプター、ECM、増殖因子、プロテアーゼなどと相互作用します。ある条件下では、細胞‐マトリックス相互作用を壊し、リモデリング、形態形成、血管の増生などに関与します(図7)。可溶型とECM固定型(非溶解型)では、機能が異なる場合が多く、それ自体では、構造的役割を担わないかあるいは寄与は小さいようです。また、マトリセルラータンパク質によるマトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)の制御は直接細胞の運動性に影響を及ぼします(図7)。さらに創傷治癒のような比較的短時間に多量の分泌性構造タンパク質を必要とするときのマトリセルラータンパク質の調節的な役割は、正常な発達過程での役割と異なる可能性があります。


図7. 細胞接着の3つのステージとマトリセルラータンパク質による中間接着状態への誘導


細胞接着には、付着、伸展、ストレスファイバーとフォーカルアドヒージョンの形成の各過程があり、右に進むほど細胞の接着力は増しますが、逆行可能です。伸展した形態とインテグリンのクラスタリングを維持していますが、ストレスファイバーやフォーカルアドヒージョンを解離した状態が中間的な接着です。弱い接着は、リモデリングの過程でのアポトーシスや細胞質分裂している状態を示します。強い接着は分化した静止細胞に特徴的で、中間的な接着は形態形成や創傷治癒での組織リモデリングの応答時に認められます。TSP1, TSP2, TN-C, ON, OPNは一般的に矢印で示すように中間的な接着状態へ誘導します。


細胞がECMへ接着する能力は、細胞骨格の構築と細胞形態の決定にとって重要です。細胞の形を制御することに加えて、細胞―ECM相互作用はまた、細胞が増殖し、移動し、そして分化する能力をも制御します。足場依存性の細胞は、生存のために細胞接着を必要とします。ECM―インテグリン相互作用が壊されたとき細胞はアポトーシスを余儀なくされます。接着に依存した細胞死を特に”anoikis”といい、不適切な場所での細胞増殖を防いだり、発生の過程での空洞形成のために必要です。 TSP1とTSP2 は1つのサブファミリーを形成していて、1本鎖約145kDaの3量体です(図8)。TSP1, TSP2は発達・成長過程や損傷に応答して発現し、骨のように連続してターンオーバーする組織を除いては、健常成人ではそれほど多量には存在していません。元々TSP1は、血小板のα顆粒に豊富に存在する成分として発見され、トロンビンによって血小板を活性化すると遊離されるタンパク質として同定されたため、その名があります。


図8. トロンボスポンジン1(TSP1)の構造と機能


TSP1のアミノ末端ドメイン, プロコラーゲン相同ドメイン、タイプ1(プロペルジン様)リピート、タイプ2(EGF様)リピート、タイプ3 (Ca-結合)リピート、カルボキシ末端ドメインから成るモジュール構造を鉄アレイ様の単量体で模式的に示しています。TSP1は通常、ジスルフィド結合を介したホモ三量体で細胞外マトリックスに存在し、種々の分子との相互作用を通じて、細胞の接着・増殖・分化・運動・創傷治癒・リモデリング、血管新生の抑制、TGF-βの活性化などに寄与します。細胞表面では、インテグリンβ3αv、インテグリン結合タンパク質(IAP,CD47)、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)、LDL受容体関連タンパク質(LRP)、カルレティキュリン(CRT)などと結合します。


TSP1は血管内皮細胞や血管周囲細胞(周皮細胞)、骨芽細胞で発現しますが、私どもは新たに象牙芽細胞での強い発現を認めました。TSP1は骨芽細胞の分化、例えばアルカリホスファターゼ活性の上昇と連動して、その発現が一過性に上昇することから分化マーカーの一つとも考えられていました。さらに、骨組織では類骨の部分に多く、成体の骨マトリックスには少ないことが分かりました。歯では象牙前質に多く、歯髄や象牙質には殆ど認められません。また歯髄細胞では、向骨性因子によりTSP1の発現が誘導されます。分泌されたTSP1は、最終的に石灰化領域に密着した形で類骨や象牙前質などの「非石灰化周囲組織」に存在します。象牙芽細胞が産生し象牙前質に蓄積されたTSP1は、過度の石灰化が歯髄側に進行して歯髄腔が狭窄しないようバリアー分子として機能している可能性が示唆されました。骨周囲に一層を形成している類骨でも同様の機能を発揮しているものと考えられます。これらの事実から、硬組織においては、創傷治癒の場合と同様、リモデリング初期や発達時には必要で組織が出来上がった後では、その硬組織周囲の界面分子として存在していると考えられます。実際にMC3T3-E1骨芽細胞をアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNAで処理してTSP1をノックダウンすると石灰化が促進されました。逆に発現ベクターに組み込みTSP1安定過剰発現株を分離すると、その発現量に応じて石灰化が抑制されます(図9)。


図9. TSP1発現量のイムノブロット解析と過剰発現細胞株のマトリックス石灰化


A: MC3T3-E1細胞にpBK-CMV-mTSP1を導入して安定発現クローンを分離し、TSP1発現量を抗TSP1抗体を用いてECLで検出しました。B: TSP1過剰発現株を60mmディッシュに播種してデキサメタゾン、アスコルビン酸、β-グリセロリン酸で分化誘導し、形成された骨様ノジュールをvon Kossa染色して、ECMの石灰化を観察しました。(1) control, (2) CM-TS6, (3) CM-TS4, (4) CM-TS2 発現量に比例して石灰化の抑制が認められました。


これは、in vivo(生体内)でも骨化の抑制として観察されました(図10)。また、血管周囲細胞でも同様なTSP1による石灰化抑制作用が観察されています。したがって、硬組織形成細胞に分化する過程ではマトリックスに存在してECMの空間構造の調整に何らかの寄与をして、一旦マトリックス石灰化が起こり始めると石灰化中心から消失し、硬組織周囲(類骨や象牙前質)にあって余剰な石化化が起こらないようバリアーとして機能すると考えられます。


図10. TSP1過剰発現株のin vivoでの骨形成


MC3T3-E1細胞にpBK-CMV-mTSP1発現ベクターをトランスフェクションして安定過剰発現クローンを分離し、コラーゲンスポンジ中で7日間培養後、8週齢メスのSCIDマウスの背部皮下に移植しました。4週間後に摘出しホルマリン固定後、パラフィン切片を作成しました。未脱灰の状態で切片をHE染色し観察しました。(1) 親株のMC3T3-E1細胞, (2) pBK-CMVベクター(モックベクター), (3) CM-TS2(発現量がやや少ないクローン), (4) CM-TS6(発現量が最も多いクローン). 発現量に比例して骨化(赤く染色された部分)の抑制が認められました。


今後の展開

今後LutとDoxが示す現象の詳細な作用メカニズムについて検討して行く予定です。また、TSP1のようなマトリセルラータンパク質が細胞外スペースにあって、プロテオグリカンなどと共に細胞膜の両側で起こる様々な分子間相互作用を調節する様子を可視的に解析する予定です。さらに、血管石灰化を始めとする病的な石灰化(異栄養性石灰化,転移性石灰化)を抑制する薬物の探索も進めたいと考えています。

教員紹介
上野 明道 教授