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インプラントは天然歯を超えられるか?

歯学部・口腔インプラント学 関根 秀志 教授

研究内容

不幸にも、何らかの原因で歯が失われてしまった場合、それを放置することは口腔機能の低下を生じるのみならず、長期的には全身の健康に影響を及ぼします。失われてしまった歯の影響を最小限に留めるために、人工の歯を用いて咬み合わせを再構成することが歯科補綴学の目的です。ブリッジや可撤性義歯による治療に加えて、近年、インプラント:人工歯根を用いた治療の臨床応用が広がっています。臨床主導で開発が進んできているインプラント治療は、いまだに明らかになっていない事象が多いのですが、科学的な根拠に基づいて安心・安全なインプラント治療の実践と良好な治療結果の長期維持の確立が口腔インプラント学の目標です。

これまで

  1. 半透明ジルコニアの機械的特性に関する実験的研究
  2. CAD/CAMで作製された上部構造の寸法精度に関する研究
  3. 天然歯歯根膜の圧受容情報の意義に関する研究

などの研究を行ってまいりました。このたびは、3.のテーマについて解説いたします。


今回は、摂食・嚥下障害に対する歯科基礎医学からのアプローチについて、私共の研究内容を紹介します。



天然歯とインプラントの違い

インプラントの材料や形態にはさまざまな変遷を経て、現在ではチタン製スクリュー型の骨内インプラントが標準となっています。これらは「インプラント体表面に骨が直接接触する状態:オッセオインテグレーション」の獲得が成立の条件となっています。これに対して、天然歯根と周囲支持骨の間には「歯根膜」が存在し、様々な機能を担っています。天然歯とインプラントを比較する場合、この「歯根膜」の有無が一つの大きなキーワードとなります(図1)。

歯根膜が存在することから、天然歯は健全な状態でも一定の動揺を許容します。それに対してオッセオインテグレーテッドインプラントは“臨床的には動かない”ので、天然歯とインプラント、両者の被圧変位特性は異なります(図2)。これらのことから、インプラントの埋入位置の選択や上部構造の設計、咬合接触の付与の仕方について、いくつもの臨床指針が明らかにされてきています。

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一方、歯根膜には歯に加わった力を感知する圧受容器が存在します。インプラント周囲には歯根膜が欠如しておりますので、インプラントに加わった力に対する圧受容器は存在しません。この歯根膜からの受圧情報の有無は、天然歯とインプラントにどのような違いをもたらしているのでしょうか。


下顎運動を規制する三つの要素

ヒトがものを食べたり、話をしたりする際には、意識的あるいは無意識に下顎を動かしています。一般に「①上下顎の歯の接触すなわち咬合」の要素、「②下顎頭の動きにかかわる顎関節」の要素、に加えて、「③歯根膜や歯肉・口腔粘膜に存在する受容器からの受圧情報と筋肉や顎関節に存在する受容器からの下顎の位置情報とが中枢と連携して運動を制御する神経・筋機構」の三要素が下顎の運動を規制していると考えられています(図3)。したがって、歯根膜からの受圧情報を欠落しているインプラントは、円滑に下顎を動かすための情報の一部が不足していると推測されます。

しかしながら、インプラント治療を適用された患者さん方は、大きな不自由なくしゃべったり、食事をしたりしています。歯根膜の受圧情報の有無についていまだ不明な点が多く、さまざまに検討が進められています。

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歯根膜からの受圧情報の中枢応答

歯根膜には、自由神経終末などの圧を感じる受容器が存在します。これらの受容器からの受圧情報は中枢に送られます。“歯を叩く”ようないわゆる機械的な刺激に対する中枢応答を、脳表面の磁場の変化を観察する脳磁図計を用いて調査したところ、歯根膜への機械的刺激に対する応答は,大脳皮質の顎顔面領域に相当する第一次体性感覚野に局在を持つことが観察されています(図4a,b)。

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さらに、歯周組織への浸潤麻酔によって歯根膜からの受圧情報を遮断することにより、中枢応答が消失することが確認されました(図5)。これらのことから、歯根膜を持たないインプラントにおいても、一定の範囲の中枢応答が失われていることが推測されます。

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咬合による硬さの識別

咬合による食品の硬さの差の識別については、咬合圧の認知機構と下顎位の認知機構が相互に関連すると考えられます。食品の硬さの識別には、歯根膜からの受圧情報が大きくかかわっていると考えられます。硬さ識別時の咬合面間に発揮される力量が1000gを超える中等度の硬さの範囲の合成ゴムブロックを用いた調査では、天然歯において高い硬さ識別能力が確認されています。さらに、歯根膜の受圧感覚を欠落させる目的で周囲組織に浸潤麻酔を施した状態における同様の調査においても、その識別能力に対する影響は少ないことが確認されています。さらに、インプラント同士による調査においても天然歯同士に匹敵する識別能力を示すことが明らかとなったことから、中等度の硬さの識別には筋・腱および顎関節からの圧情報が主体となっており、歯根膜からの受圧感覚の影響はきわめて少ないと考えられます(図6 a,b)。

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つぎに、歯根膜からの受圧情報の影響を確認するために、その破壊所要力量が30gから70gの範囲の超軟性食品を用いて、さらに硬さ識別能力に関する調査を試みました。その結果、天然歯同士ではきわめて高い識別能力が確認されたのに対して、周囲組織への浸潤麻酔により、その範囲の硬さの認知自体ができなくなることが明らかとなりました(図7 a,b)

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これらのことから、歯根膜の圧感覚は一般にはプリンあるいはコーヒーゼリーのような食品の硬さの認知・識別に関わっていることが推測されます。したがって、歯根膜を持たないインプラントにおいても同様に、きわめて軟らかい硬さの食品の認知・識別が困難であることが推測されます。

今後の研究予定

骨感覚の概念

歯科領域のみならず整形外科領域では、近年、オッセオインテグレーションが獲得されたインプラント体への圧刺激により生じる骨感覚受容:Osseoperceptionの調査が進んでいます。

スウェーデンでは肘より上方で上肢を失った患者を対象に、①反対側の健常な手、②従来型の義手、③インプラント支持義手ならびに④義手をはずしたインプラント体のそれぞれに振動刺激を与えた場合の振動感知識別能力の調査が行われています。その結果では、従来型の義手の識別能力は健常な手の約70%であったのに対して、インプラント支持義手では健常な手とほぼ同等の識別能力を、インプラント体への直接刺激では健常な手を超えるほどの識別能力が示されたことが報告されています(図8)。

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以上のように、口腔にオッセオインテグレーテッドインプラントが適用された場合においても、歯根膜の欠落の影響は極めて少なく、隣接他器官の働きにより日常の生活に大きな支障が出ない機能を維持できるものと推測されます。さらに、骨と直接結合するインプラントの特性に関する調査を進めることにより、健常な身体における能力を超える機能を獲得することができる可能性が示唆されており、今後の展開が期待されます。


講座紹介
歯科補綴学講座 口腔インプラント学