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摂食・嚥下障害に対する歯科基礎医学からのアプローチ

歯学部・口腔生理学分野 宗形 芳英 教授

研究内容

生理学は、いのちのしくみ(生命の理)を解き明かすことをめざした生命科学という大樹の幹に位置する学問です。医学および歯科医学は生理学の研究成果に基づいて発展してきました。現在、口腔生理学分野では歯学部の1、2年次学生を対象とした生命基礎科学と口腔生理学、そして6年次学生を対象とした病態生理学を担当しています。併せて、学生への教育水準の確保向上のため、口腔生理学研究室では、ヒトの顎運動の解析、種々の動物の味覚受容機構の解析など多くの研究活動を展開しています。


今回は、摂食・嚥下障害に対する歯科基礎医学からのアプローチについて、私共の研究内容を紹介します。


仰臥位の方が座位よりも誤嚥しにくい

食べ物などが食道でなく、気管に入ってしまうことを誤嚥といい、嚥下障害のひとつです。誤嚥を起こすと、食べ物などが肺に入り、肺炎を引き起こすことがあります。高齢者の場合、誤嚥性の肺炎を繰り返すと生命にかかわることも多く、摂食・嚥下障害への対応は高齢化の進んだ日本の医療界が対応すべき重要な問題であると考えられます。


健常者の場合、食事時の姿勢は座位または立位が一般です。この姿勢は食塊が口の中に留まり咀嚼しやすいからです。しかし、高齢になり口腔機能が低下してくると、食塊の口腔内保持が難しくなり、さらに嚥下(咽頭への移送)も困難になります。仰向けに寝る姿勢(仰臥位)になると、食物を咽頭へ送り込むのに重力が利用でき嚥下しやすくなります。解剖学的にも、仰臥位では気管が食道の上に位置するようになるため、重力の関係で誤嚥しにくくなるという利点があります。


しかしながら、病気などで寝込んだ経験のある方はよくご存知のように、仰臥位ではうまく咀嚼することが困難です。たとえ仰臥位での食事が誤嚥予防に効果があっても、楽しく思うように咀嚼できなければ、高齢者のQOL(生活の質)を高めることにはなりません。


視覚情報の変化で仰臥位での咀嚼が改善される

仰臥位での咀嚼がうまくいかないのは、下顎が後退することによって上下の歯が噛み合わせにくくなるからです。しかし、仰臥位であっても座位時の光景を人為的に目の前に再現させることで、下顎が無意識のうちに前進し座位での噛み合わせに近づくことが分かってきました(宗形ほか:顎機能誌、2011)。


そこで、視覚情報の人為的操作によって仰臥位での咀嚼機能を改善させることが可能かどうかを、ヘッドマウントディスプレー(HMD)を利用し、健常成人を対象に検討しました。下図のAは通常の食事姿勢である座位でチューインガムを噛んだ時の咀嚼運動経路と、顎を閉じたり噛んだりする時に使う咀嚼筋(側頭筋、咬筋)からの筋電図(EMG)を測定した結果です。この被験者は習慣的に使っている左側臼歯でよく噛めていると感じており、咀嚼運動経路は左側に膨らんだグラインダー型を示しました。さらに、その付着位置から咀嚼力発現の主働筋と考えられる咬筋の筋活動が大きく現れました。Bは仰臥位での結果です。被験者は噛みにくいと感じ、咀嚼運動経路は縦に長いチョッパー型になりました。顎を閉じる時に使われる側頭筋の筋活動が大きいのに対し咬筋活動が小さくなりました。さらに、ゆっくりとしたリズムで咀嚼するようになりました。CはHMDに取り付けたカメラの向きを被験者の足元方向に向け、座位時に見られる光景とほぼ同じ像がHMD画面上に再現される設定での結果です。被験者はHMD装着前のBに比べて噛みやすくなったと感じ、咀嚼運動経路、咀嚼筋活動パターンおよび咀嚼のリズムもAに近似しました。一般に、チョッパー型の咀嚼運動と側頭筋優位の咀嚼筋活動パターンは、咀嚼機能の発達初期に見られるもので、機能獲得が進むにつれてグラインダー型の咀嚼運動と咬筋優位の咀嚼筋活動パターンに変化するといわれています。


以上より、座位時の視覚情報を与えるだけで、誤嚥の危険性が少ないとされる仰臥位での咀嚼が改善することが分かってきました。今後、この研究成果が臨床応用につながることを切望いたします。


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視覚情報が咀嚼運動経路および咀嚼筋活動パターンにおよぼす影響

講座紹介
口腔機能分子生物学講座 口腔生理学